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15Palazzo Reale di Napoli オーディオガイド
この歴史ある17世紀の宮殿は、スペイン副王の邸宅として、後には両シチリア王国のブルボン家国王の居城として使われていました。現在は博物館として、当時の家具、絵画、タペストリーの膨大なコレクションを展示しています。

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📍 Naples, Italy
ツアーについて
この歴史ある17世紀の宮殿は、スペイン副王の邸宅として、後には両シチリア王国のブルボン家国王の居城として使われていました。現在は博物館として、当時の家具、絵画、タペストリーの膨大なコレクションを展示しています。
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Piazza del Plebiscito and the Royal Facade

ハプスブルク家フェリペ3世の紋章
正面玄関の頭上には、かつてここに居住した一族の複雑な家系を表す高浮彫の紋章が見えます。これらの盾やシンボルはブルボン家やサヴォイア家の権力を示しており、居住者の王室としての地位を公式に紹介する役割を果たしています。もともとスペイン副王の住居として建てられたこの宮殿は、やがてナポリ王の主要な住まいとなりました。植民地の行政拠点から王室の住居へと建物が変遷したことは、その歴史の重要な一部です。1869年には、後にイタリア王となるヴィットーリオ・エマヌエーレ3世がこの宮殿で誕生するという重要な歴史的出来事もありました。精巧な彫刻は良好な状態で保存されており、ヨーロッパの貴族に関連するライオン、鷲、王冠などが描かれています。これらのシンボルは権威を視覚的に主張するものであり、外の広場から正面門に近づくすべての人々の目に留まり、国際的に重要な場所としての建物のアイデンティティを示しています。

王宮と広場
ナポリ王宮へようこそ。ここは250年以上にわたり、4つの異なる王朝の権力の座であった壮大な建造物です。プレビシート広場に沿って169メートルにわたって伸びる印象的なファサードは、この街で最も重要な公共空間を支えています。建設は1600年、著名な建築家ドメニコ・フォンターナの指揮のもとで始まりました。もともとスペインの副王が、スペイン王フェリペ3世のための適切な宿泊施設として建設を命じたものです。皮肉なことに、このプロジェクトは王のために特別に立ち上げられたにもかかわらず、王がこの建物に足を踏み入れることは一度もありませんでした。その後の数十年、数世紀にわたり、歴代の支配者たちが新しい翼廊を増築し、内装を改装し、外観を時代の建築様式に合わせて更新することで、宮殿は進化し続けました。その結果、スペイン統治からブルボン王朝、そして後のフランスやサヴォイア時代への移行を反映した複雑な構造となりました。今日目にする建物は、250年にわたる絶え間ない発展と政治的変化の結晶であり、地中海に影響を与える重要な決定が下された場所であることを示しています。
The Inner Courtyards

名誉の中庭
正面玄関を抜けると、17世紀初頭にドメニコ・フォンターナが構想した建物の心臓部である名誉の中庭に出ます。その配置は、二重のアーチ列に囲まれた大きな正方形で、対称性と秩序を強調した古典的なデザインです。下層階は頑丈な柱を持つポルティコ(柱廊)で構成され、上層階からは豪華なアパートメントへとアクセスできます。1994年の大規模な修復プロジェクトの際、研究者たちはこの中庭の石畳の床の下で驚くべき発見をしました。彼らは宮殿が建てられる以前の16世紀の井戸を発見したのです。興味深いことに、その井戸は宮殿が最初に建てられた時から、ゴミや建設廃材を捨てるための便利な場所として使われていました。発掘調査により、王室の住居となる前のこの場所に住んでいた人々の日常生活や習慣を垣間見ることができる、廃棄物の層が明らかになりました。中庭は今も静かな中心拠点として、広大な宮殿の各翼廊をつなぎ、構造的なバランスを保っています。

幸運の噴水
名誉の中庭の深い壁龕の中には、18世紀の彫刻作品である幸運の噴水があります。中央の人物像は、豊かさと繁栄の伝統的なシンボルである大きな豊穣の角(コルヌコピア)を持つ幸運の女神を描いています。この噴水は中庭に芸術的な美しさを加えるだけでなく、非常に実用的な目的も果たしていました。近代的な配管設備が整う前の数世紀の間、こうした噴水は、かつて宮殿に住んでいた数百人の召使い、衛兵、行政スタッフにとって不可欠な水源でした。絶え間なく流れる水は、街の多くの人々が簡単には手にできない贅沢品でした。壁龕のデザインは、中庭の石壁と一体化し、水景のための演劇的な背景を作り出しています。女神はダイナミックなポーズをとっており、角の中身を下の観客に差し出しているかのように見えます。こうした機能性と高度な芸術性の融合は宮殿全体に見られるテーマであり、最も基本的なインフラでさえも、支配する王室の地位と富を反映することが期待されていました。
The Grand Staircase of Honour

栄誉の大階段
「栄誉の大階段」は、建築家ガエターノ・ジェノヴェーゼによる新古典主義建築の傑作です。1837年に宮殿内部の大部分を焼失させた壊滅的な火災の後に建設されました。この新しい階段の目的は、訪れる高官や国家元首を即座に圧倒するような記念碑的な入り口を作ることでした。階段の滑らかな白い大理石と、頭上のアーチ型天井を飾る複雑で色彩豊かな漆喰装飾との鮮やかな対比にご注目ください。広々として開放的な空間には自然光が降り注ぎ、石造りの精密さを際立たせています。幅が広く緩やかな階段は、王室のゲストが重厚な正装を身にまとったまま、ゆっくりと威厳を持って昇れるように設計されました。上へ進むにつれ、天井には19世紀半ばに細心の注意を払って施された、幾何学模様と古典的なモチーフの複雑なネットワークが現れます。この階段は、以前の狭く暗い通路に代わるものとして作られ、訪れる人の最初の体験を、改装された王宮の野心的な規模に見合う、光と壮麗さに満ちたものへと変貌させました。
The Royal Apartments and State Rooms

王室の回廊
この長い回廊は、宮殿の「ピアノ・ノービレ(貴族階級の階)」にある名誉の中庭を囲むように続いています。ここは、豪華なレセプションルームと王室のプライベートな居室をつなぐ重要な場所でした。このギャラリーは、中庭を見下ろす光に満ちた大きな窓が連なっているのが特徴です。壁沿いには17世紀のタペストリーや、かつて夜の集まりを照らした精巧なガラスのシャンデリアが飾られています。宮廷の全盛期には、ここは廷臣たちが公式儀式の合間に散策し、交流するための主要な場所でした。政治的な駆け引きや噂話が行われ、ヨーロッパ各地からの最新ニュースが王国のエリートたちの間で語り合われた空間でもあります。大理石の床と装飾的なアーチが、翼廊の全長にわたってリズム感のある建築パターンを作り出しています。玉座の間で見られるような格式高い権力とは異なり、この回廊はより流動的な環境であり、王室生活に不可欠な複雑な社会交流を促進するために設計されました。

王妃の間の天井
プライベートな居室で見上げる天井には、芸術様式の変化が表れています。この天井に施された複雑なロココ調の漆喰装飾は、公的な謁見の間で見られる格式高く厳格な権威とは対照的に、はるかに繊細です。ここには、渦巻く花の模様の中に浮かぶ、金箔のアクセントと遊び心のある天使の姿が見られます。この様式は、ナポリの王妃たちが好んだ親密な贅沢さを表しており、彼女たちは自身の居室のインテリアデザインに大きな影響を与えていました。これらの装飾は、玉座の間や大ギャラリーの重苦しい儀礼から離れ、よりリラックスした快適な環境を作り出すことを意図していました。明るい色使いと有機的な形状は18世紀半ばの典型的な特徴であり、より重厚なバロック様式の伝統から脱却しています。これらの天井は、パリやウィーンの最新の流行をナポリの宮廷にもたらすためにヨーロッパ各地を旅した専門の職人たちによる作品であることが多くあります。これらの細部が保存されているおかげで、私たちは王室の人々がどのようにプライベートな生活を送っていたか、そして建築がいかにして来賓を威圧するためではなく、王室家族個人の好みを満たすために設計されていたかを垣間見ることができます。

玉座の間
宮殿の中心にある玉座の間は、最も重要な国家儀式や公式謁見が行われた場所です。部屋の中央には、深紅のベルベットと金刺繍が施された巨大な天蓋の下に、一段高くなった玉座が据えられています。この玉座はブルボン家の王たちによって使用され、その後サヴォイア朝の統治者たちにも受け継がれました。天井を見上げると、19世紀初頭のフレスコ画が描かれており、王権の美徳を称える場面が表現されています。部屋の中で最も目立つ肖像画の一つは、この部屋から両シチリア王国の最初の君主として統治したフェルディナンド1世のものです。この部屋は絶対的な権力を示すために設計されており、あらゆる金箔のディテールや大規模な絵画が、王の神聖な権利と権威を強調しています。重厚なシャンデリアと磨き上げられた床が、格式高い雰囲気をさらに高めています。何世紀にもわたり、ここは大使が迎えられ、王の勅令や公式儀式を通じて王国の運命が決定された場所でした。
The Palatine Chapel and Neapolitan Traditions

ナポリ銀行のプレゼーペ(降誕場面)
この18世紀の精巧な降誕場面は『プレゼーペ』と呼ばれ、単なる宗教的な展示の枠を超えた、ナポリに深く根付いた伝統の一部です。キリストの生誕のみに焦点を当てた多くの降誕場面とは異なり、ナポリのスタイルは1700年代の都市の日常生活を詳細に切り取っています。人形に目を向けると、肉屋、パン屋、音楽家、露天商などで賑わうコミュニティの様子が見て取れます。それぞれの人形は、手描きされたテラコッタの顔や本物のシルクで作られた複雑な衣装など、驚くほど細部にまでこだわって作られています。こうした場面には、古代ローマの神殿の廃墟や当時の居酒屋の様子が盛り込まれることも多く、古代の歴史とナポリの街の現実が融合しています。これらのミニチュア人形を製作する職人技は非常に専門性が高く、現在も近隣のサン・グレゴリオ・アルメーノ通りを中心に、この街で受け継がれている伝統です。君主から庶民までがこれらの製作を依頼し、祝祭の季節にはブルボン王国の富と文化を誇示するために、より複雑で演劇的なものへと進化していきました。
The Hanging Gardens and the National Library

国立図書館
私たちのツアーは、20世紀初頭から国立図書館が入っている宮殿の翼廊で締めくくられます。この膨大なコレクションには200万冊以上の蔵書が含まれており、イタリアで最も重要な文学の宝庫の一つとなっています。その中でも特に重要な宝物が、約1,800巻の古代パピルスです。これらの壊れやすい文書は、西暦79年のヴェスヴィオ山の噴火後、何世紀にもわたって火山灰の中に保存され、奇跡的に救出されたものです。この空間が王室の住居から公共の図書館へと移行したのは1920年代のことで、建物の利用目的が変化したことを示しています。かつては王とその側近たちの私的な領域であった場所が、すべての市民や学者が利用できる資源となりました。閲覧室には当時の王室の装飾が多く残されており、研究のための壮大な環境を提供しています。この変革により、宮殿はナポリの生きた一部として存続し、知の殿堂として、また地中海の知的歴史を未来の読者へと伝える場所として機能し続けています。



