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15Palácio Nacional de Queluz オーディオガイド
ケルス宮殿は18世紀に建てられた王宮で、かつてポルトガル王室の公式な住居として使われていました。ロココ様式の建築と広大な庭園で知られています。

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📍 Queluz, Portugal
ツアーについて
ケルス宮殿は18世紀に建てられた王宮で、かつてポルトガル王室の公式な住居として使われていました。ロココ様式の建築と広大な庭園で知られています。
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ツアーについて
Cour d'honneur and the Ceremonial Façade

儀式用のファサード
儀式用のファサードは、しばしばヨーロッパの偉大な王宮と比較され、「ポルトガルのヴェルサイユ」という愛称で親しまれています。この壮大な邸宅の建設は、建築家マテウス・ヴィセンテ・デ・オリヴェイラの指揮のもと、1747年に始まりました。彼は、王室の優雅さとポルトガル宮廷の実用的なニーズを両立させた夏の離宮を造るという任務を負っていました。 最も目を引く特徴の一つは、外壁の独特な「ケルス・ピンク」の色合いで、今ではこの宮殿のアイデンティティの代名詞となっています。建物の配置を見ると、翼棟が比較的低く、敷地全体に広がっているのがわかります。これは単なる美的な選択ではなく、1755年のリスボン大地震に対する建築上の工夫でした。建物を低く抑えることで、将来の地震活動に対してより高い安定性を確保しようとしたのです。このファサードは、訪れる高官たちを圧倒するために設計されており、公の世界から守られたロココ様式の贅沢な世界への正式な入り口としての役割を果たしていました。
The Palace Chapel

宮殿の礼拝堂
宮殿の礼拝堂は、この複合施設の中で最初に完成した場所であり、ケルスの内部に秘められた豪華さを象徴する見事な導入部となっています。外観は比較的控えめですが、内部は金箔と精巧なロココ様式の彫刻が爆発的に広がる劇的な空間へと一変します。この装飾の激しさは、18世紀のポルトガル宮廷が抱いていた深い宗教的献身を反映しています。 大きなタマネギ型のドーム天井が視線を上へと誘い、空間全体を支配する華やかな祭壇を引き立てています。あらゆる表面が金箔を施した木彫りで細かく装飾されており、このスタイルは後に宮殿内の他の公的な部屋にも広がっていきました。王室にとって、ここは単なる公式儀式の場ではなく、日々の祈りと精神的な内省を行うための場所でした。この礼拝堂は、宗教的伝統と当時の最先端の芸術様式を融合させ、君主制を支える神聖な権威を常に思い起こさせる存在でした。ここでの職人技は、その後1世紀を通じて行われた大規模な改修の基準となりました。
The Throne Room

玉座の間
玉座の間は、ケルスにある公的な部屋の中で最大かつ最も豪華な場所です。盛大なレセプションや舞踏会のために特別に設計されたこの部屋は、その規模と細部でゲストを圧倒することを目的としています。壁一面に鏡が張り巡らされており、巨大なクリスタルのシャンデリアの光を反射させることで、夜のキャンドルライトのイベントでは見事に輝きを放っていました。 ここで披露されている信じられないほどの富、特に精巧な金箔の彫刻の多くは、ポルトガルの植民地であったブラジルから持ち帰られた金によって賄われました。この富が、何年もの歳月をかけて華やかな木工や漆喰の装飾を仕上げた職人たちを支えたのです。足元の赤いタイル張りの床は、壁の重厚な金との温かみのあるコントラストを生み出しています。この空間で、君主たちは帝国の勢力を誇示する物理的な証に囲まれながら、最も重要な公的義務を遂行することができました。この部屋の建築と装飾は、訪れるすべての人が、当時のポルトガル王室の権力と繁栄を即座に理解できるように、細心の注意を払って調整されていました。
The Music Room and the Mad Queen

音楽の間
音楽の間は、18世紀のポルトガル宮廷がオペラや室内楽に抱いていた深い情熱を反映しています。この部屋は、王室やゲストのために演奏する宮廷音楽家の音色で頻繁に満たされていました。ここには、現代のピアノの前身であるフォルテピアノが置かれており、当時の親密な演奏会において中心的な役割を果たしていました。 しかし、マリア1世の精神状態が悪化するにつれ、この部屋の物語は変化しました。公的な華やかさの舞台から、個人的な悲劇の場所へと移り変わったのです。伝えられるところによれば、女王は宮廷の要求から離れ、何時間もこの部屋で静寂と祈りの時間を過ごしたといいます。部屋を見下ろす女王の肖像画は、困難な日々の中での彼女の存在を今に伝えています。マリアにとって、音楽とこの部屋の馴染み深い環境は、病状が悪化する中で数少ない安らぎの形を提供していました。賑やかな社交の中心地から静かな孤独の場所へと変わったこの部屋の変遷は、夏のパーティー会場から王室の幽閉の地へと姿を変えた宮殿そのものの歩みを映し出しています。

マリア1世の肖像画
この肖像画は、君主という肩書きの裏にある、一人の女性としてのマリア1世の姿を私たちに伝えています。18世紀の豪華な衣装をまとい、髪に真珠をあしらった姿は、彼女の高い地位と当時の富を象徴しています。彼女はポルトガル史上初めて自らの権利で統治した女王であり、歴史的な偉業を成し遂げましたが、その晩年は精神疾患によって影を落とすこととなりました。当時『狂気』と呼ばれた彼女の精神の衰えは、夫であるペドロ3世や、王位継承者であった長男の死といった、度重なる深い個人的な喪失によって悪化しました。こうした悲劇と当時の政治的圧力は、彼女に重くのしかかりました。女王という身分でありながら、彼女は晩年をケルス宮殿で公の目から隠れるように過ごし、宗教への傾倒と孤独の中で生きました。この絵画は彼女が公的な権威を保っていた時期を捉えたものですが、宮殿の歴史は、彼女が最終的にこの壁の中で送らざるを得なかった、静かで孤独な生活の物語を今に伝えています。
The Hall of Ambassadors

大使の間
大使の間は宮殿の外交における中心地であり、外国の使節が君主に公式に謁見する場所でした。この部屋の特徴は、黒と白の大理石でできた市松模様の床で、その先にあるアプス(半円形の窪み)に設置された玉座へと視線を誘うように設計されています。ここの建築は、王室の権威と威厳を強調するために造られました。また、この部屋はポルトガル史上最も重要な転換点の一つとなった場所でもあります。1807年、ナポレオン軍がヨーロッパを席巻し国境へと迫る中、王室一家はこの場所に集まり、運命的な会議を行いました。彼らがブラジルへの亡命という前例のない決断を下し、事実上、帝国の拠点を大西洋の向こう側へと移したのは、まさにこの広間でのことでした。この決断は、ポルトガルとブラジルの両国の歴史を永遠に変えることとなりました。この場所に立つと、何世紀も続いたヨーロッパの君主制が、血統を守るために故郷を捨て、フランス軍の侵攻を前にこの壮大な宮殿を後にした、その歴史の現場を肌で感じることができます。
The Tiled Corridor

袖の回廊
『袖の回廊(サラ・ダス・マンガス)』は、ポルトガルの伝統的な装飾タイルである青と白のアズレージョの膨大なコレクションで有名です。18世紀に作られたこれらのタイルは単なる装飾ではなく、王国の歴史を視覚的に物語るものです。回廊を歩くと、四季の風景や伝統的な王室の狩猟、そしてポルトガルの遠い海外植民地を描いた情景を目にすることができます。この回廊の変わった名前は、かつて壁のろうそくを保護するために使われていた『マンガス(ガラスの袖)』に由来しています。電気がなかった時代、このガラスの保護具は、隙間風でろうそくの火が消えるのを防ぎ、夜間も長い回廊を明るく保つために不可欠でした。反射するタイルとろうそくの光が組み合わさることで、宮廷の人々にとって明るく印象的な通路となっていたことでしょう。これらのタイルは、ポルトガルの職人たちが到達した高い芸術性を示す好例であり、国際的な探検のテーマや自然界の描写を、王室の私的な回廊という空間の中で見事に融合させています。
The Don Quixote Room

ペドロ4世の寝室
ペドロ4世の寝室は、宮殿内で最も建築的にユニークな空間の一つです。鏡張りの柱によって生み出される巧みな円形の錯覚で有名で、実際の部屋よりもはるかに広く、完璧な対称性を持っているように見えます。天井を見上げると、伝説的な物語『ドン・キホーテ』の場面を描いた壁画があり、王室の居室に文学的で幻想的な要素を加えています。視覚的な仕掛けだけでなく、この部屋は人生の稀有な対称性という点でも大きな歴史的意義を持っています。ペドロ4世は、まさにこの場所で生まれ、そしてこの場所で亡くなりました。ペドロは19世紀の歴史における記念碑的な人物であり、ポルトガル王を務めるとともに、ブラジルの独立を宣言して初代皇帝となりました。彼の人生は二つの大陸にまたがっていましたが、その始まりと終わりは、ここケルス宮殿の壁の中にありました。鏡と壁画は、帝国を変革した一人の男が、最期の日々を過ごすために幼少期の家へと戻ってきた、その人生の巡り合わせを見守ってきました。この部屋は、歴史の円環的な性質と、大西洋を越えて統治した一人の男の私生活に思いを馳せる、静かな場所として残されています。
The Hanging Garden and Neptune Fountain

ネプチューンの噴水
外に出ると、そこには「ハンギング・ガーデン」と呼ばれる庭園の中心的存在、ネプチューンの噴水があります。この庭園は、地面に直接造られたのではなく、巨大なアーチ状の構造物の上に建設されており、当時の工学技術の粋を集めた傑作です。噴水の中央には、著名な芸術家ジョン・チアーが制作した、ローマ神話の海神ネプチューンの大きな鉛製の彫像が立っています。この噴水や敷地内の他の噴水を機能させるためには、複雑な水利工学システムが必要でした。この配管と貯水池のネットワークは、王室の夏の盛大なパーティーに使われた屋外の「部屋」を彩る最大の呼び物でした。ゲストたちは噴水の周りに集まり、ポルトガルの強い日差しから逃れて、涼しい霧と水の音を楽しんだものです。これらの庭園は宮殿の部屋の延長として設計されており、宮廷の人々は屋外でも社交生活を続けることができました。水の上で三叉の矛を掲げるネプチューンの存在は、ポルトガルの海洋権力と自然に対する王室の支配を象徴しており、芸術、権力、そして18世紀の高度な技術が見事に融合しています。
The Robillon Wing and Garden Grotto

ライオンの階段
私たちのツアーは、設計者であるフランス人建築家ジャン=バティスト・ロビヨンにちなんで名付けられたロビヨン棟で締めくくられます。この棟は「強制遠近法」を巧みに利用した「ライオンの階段」で有名です。階段に注目すると、段の大きさが徐々に変化していることに気づくでしょう。この建築上のトリックは、階段と棟全体を実際よりもはるかに長く、堂々としたものに見せ、庭園から近づいてくる人々に壮大なスケール感を与えることを意図したものです。ここでのロビヨンの仕事は、宮殿建設の最終的な主要段階を代表するものであり、より記念碑的なスタイルへと移行しています。この棟は王室の私的な居室として設計され、下の庭園へ直接アクセスできるようになっていました。この場所から宮殿を振り返ると、初期の「ケリュズ・ピンク」の翼棟から、このより格式高いフランス風の増築部分に至るまで、異なる様式がどのように組み合わさり、変遷する王室の物語を伝えているかがわかります。階段の強制遠近法は、18世紀の王室の世界において、外見や威信がいかに日常生活の中で入念に作り上げられた要素であったかを思い出させる、ふさわしい最後のディテールといえるでしょう。



